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MASS OF THE FERMENTING DREGS「No New World」レビュー、というより雑感

マスドレことMASS OF THE FERMENTING DREGSの8年ぶり(!)の新作、「No New World」を聴いた。
 
今週発売だが前々から期待してステンバーイしていたわけではない。まったく偶然にも残業の合間、休憩中に眺めたタイムラインに、「新作本日リリース」というなつこん(ベースボーカル宮本奈津子氏)のツイートが流れ、そして手元にはApple Music、そして職場のフリーWi-fi環境と、諸条件が揃いダウンロード。本当に世の中は便利になった、これならダイレクトマーケティングの餌食になってもいい。
 

 

 
マスドレとは大学生のときに出会った。デイヴ・フリットマンのプロデュース作品に目がなかった当時、「I F A SURFER」のギラギラした音像に引き付けられて何度もライブハウスに足を運んだ。神戸のヘラバラウンジ。十三ファンダンゴ。今は名前の変わった鰻谷sunsui。命を削ってるみたいな歌声に惹きつけられていたのを思い出す。1stアルバムは相当聴きこんでいたんじゃないか。当時は軽音楽部に所属していたので、コピーバンドを組んだりもした。無理して女声コーラスを歌ったりもした。
ギターが脱退したころから少し距離が離れ、社会人になったぐらいのころに彼女らは活動を休止し、だんだん音楽の趣味も変わっていって聴くこともなくなってしまった。ツイッターで宮本氏がソロ活動をしていることもなんとなく聞いていたが一度もライブに行くことはなかった。再結成の報もなんとなくニュースでは聞いていたもののyoutubeでバンド名を叩くには至らなかった。
それでも偶然の巡り合いだと聴こうとする気になるのだから不思議だ。自分は直観にまかせてサイコロを振るきらいがある。そして音楽に巡り合った文脈こそが音楽の効能を増幅するとも考えている。なんとなく運命じみたものを感じた時に数クリックで手元に届くのだから、本当に世の中は便利になった(2回目)。
 
前置きが長くなった。1曲目「New Order」の歌いだしに感じたのは「あれ、こんな声だったっけ」という違和感。聴きこんでいた1st、2ndアルバムのころからくらべるとずいぶん柔らかい節回しだ。おそらくキーもちょっと低いんじゃないだろうか。ギターの音も幾分丸まって優しくなっているように感じる。でも曲間に挟まれる裏声のコーラスとかを聴くと、ああ、マスドレの曲だと改めて感じる。2曲目に至ってもその印象は変わらないが、なんというか、ところどころの歌い方にふつふつと、昔はなかった「強靭さ」のようなものを感じてくる。昔の命を削っているような歌声じゃなく、何か確信とか信頼とか、大げさに言えば生きることへの肯定のようなエネルギーをもった歌声。
 
その印象を一番強く感じたのが、7曲目の「Sugar」。自分にとってこのアルバムのハイライトでもある。ミドルテンポのバラード。マスドレにあまりバラードのイメージはないが(「skabetty」など素敵な曲はある)、この曲がなんだかとても刺さるのである。
 
理由について歌詞からアプローチしてみる。曲の後半にかけて「甘いだけのSugar 毒されてくSugar 君のせいだなんて 言わないでよSugar」というフレーズが何度も繰り返される。先述のマスドレのバラード「skabetty」のとの共通点はモチーフが「(恐らくは離れゆく)君」であることだと思うが、「skabetty」の歌詞が「通りの上 飛び出せば」「時の上 飛び乗れば」など遠景的・抽象的表現を用いているのに対して、「Sugar」はいかにも手に届く、半径5メートルに収まるような歌詞になっている。
 
この歌詞に宮本氏がどんなイメージを込めているのかはわからないが、自分はこの接近に対して「前向きなあきらめ」のようなものを感じている。抽象的、遠景的な表現というのは、結論を出さないということでもある。「Sugar」は、手で触って確認できるほど接近した結果として、聞き手である自分に結論を求めているような感覚をもたらす。「(離れ行く)君」というモチーフに対して、結論を求めるということは少し残酷なようにも思うが、ここで先に述べた、「生きることへの肯定のようなエネルギーを持った歌声」というのが効いてくる。悲劇的な結論を想起しても、歌声がそれを肯定してくれるのだ。あの頃よりもすこし大人になった自分たちはいろいろな可能性を捨ててきた。それでもそれなりにやってきた。だからこの結論は悲劇的なようで、悲劇的じゃない、みたいな。
それは8年という長い充電時間で宮本氏が培ってきたものなのかもしれないし、まったく単なる、自分の思い過ごしかもしれない。
 
まあ要するにいたく自分には刺さったということです。
8曲入りのミニアルバムという非常に聴きやすいフォーマットなので、みなさんも是非聴いてみてください。
ライブにも行かなくてはね。ヘラバラウンジは少し遠くなってしまったけれど。